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構築された感覚を解きほぐし、新たな身体へ
空間と私の間にある光が
世界の見方や感覚を育てあげていることに気がついた。


光は空間に充満している。

けれども生まれてから周りの様子を見ていると人々の感覚としては、光は無色・透明で触れられないものである。
なぜその感覚が得られないかとしたら人々は周囲の環境からも得る情報があって、身体の感覚というものを鈍感化しているのかもしれない。
このように鈍感化と周囲によって当たり前と思っている「感覚」は多くある。「普通・当たり前」という言葉にいつも疑問に思っていた。
そこには「感覚」の水準があたかも他と同じであることを意味している。
しかし、言葉はそうでも感覚というのは経験の蓄積によって異なり、年齢・国籍・性別にも寄る。
幼い頃の私は、同年代の子だけとの繋がりだけでなく年齢もかなり離れた人や言語の違う人と触れ合う機会があった。
大人や外国人が使う言葉の意味が分からなかった分、言葉以外の「感覚」に敏感であった。

作品は、置かれることで完結するのではない。感覚を引き出す空間装置として存在する。
脳が物質を認知するよりも先に身体の感覚で感じ取るべきである。
そのために空間を構成する物質的要素を後退させ、身体の透明化をめざし新たな身体性(感覚)の獲得へ導く。

光は視覚的な感覚だけを現すのではない、感すべてに働きかけるものである。
それは幼少期からの経験の積み重ねによって形成される。結果として、視覚の中に触覚があり、聴覚の中に嗅覚が内在する。
それゆえ諸感覚が互いに未分化だった幼い記憶の中で繋がりが深く相互関係が構築され、私たちは見ただけで、違和感や心地良さを想像できる。
作品Sense of Fieldは、「光を触る」という行為から五感に響かせる力がある。そして今後の作品作りの基盤ともなる。


HITOMI SATO